【特集】柴を介護する #2 自然治癒力を高める「鍼灸」で、最期まで力強く生きる
ペットの高齢化が進んでいる現代社会。中型犬の中では長生きで、“要介護”になりやすいと言われるのが柴犬です。あなたの愛柴が要介護になったときのために、そのノウハウや心構えなどについてご紹介するのが、この特集『柴を介護(あい)する』。
今回は、老化予防や、老いた柴のQOL(生活の質・生命の質)向上などに効果的な“犬の鍼灸”について取材してきました。
目次
今、ペットへの鍼灸治療が注目を集めています。「犬に鍼灸?」と驚く方はいらっしゃるかもしれません。
しかし、人間と同じように犬にも体中に“ツボ”や、そのツボを結んだ“経路”があります。
それらのツボを鍼灸で刺激することにより、本来持っている自然治癒力を高め、未病までも治療できるという“鍼灸治療”。
愛犬のQOL(生活の質・生命の質)向上のためにもぜひ取り入れたいところですが、まだまだ謎も多いこの治療法を、キュティア老犬クリニックの佐々木彩子先生にご解説いただきました!
【キュティア老犬クリニックとは】
西洋医学を尊重しつつも、東洋医学の考え方に基づいた各症状の緩和ケア、リハビリ、介護医療を専門とする動物病院。
治療は、東洋医学の鍼灸治療、整体、漢方薬処方が中心。関節・骨・筋肉などの運動器が衰えることで要介護の可能性が高くなるロコモティブシンドローム(運動器症候群)に注目し、シニア犬や老犬だけではなく、子犬や成犬も多く予防や治療のためにクリニックを訪れています。
老化予防だけでなく「未病」にもアプローチ。西洋医学でできないことができる東洋医学
まずは、キュティア老犬クリニックが東洋医学の鍼灸治療をおこなうようになった経緯を教えてください。
佐々木先生:
もともとここは犬の幼稚園、しつけ教室だったんです。そこに通ってた子たちがシニアになってきて、「シニア犬をお預かりするものも始めたいな」と、老犬クリニックが併設されました。それが当院です。
最初から東洋医学を取り入れていたわけではなく、リハビリやロコモティブシンドローム(運動器症候群)の予防・治療に特化したものをやっていたんですが、“老化予防”というのが西洋医学だけだと難しいんですよね。
「どうしたら最期まで自分の足で歩かせてあげられるか…」それを考えて、東洋医学の鍼灸治療をおこなうようになりました。
投薬や手術などをおこなう西洋医学に限界があるというのは驚きです。
佐々木先生:
決して、西洋医学を否定しているわけではありません。ただ、西洋医学は病気じゃないといけないというか、病名がハッキリしているものに対して治療をおこなうんですね。
どこかが痛くても、シニア犬で麻酔をかけての手術が難しかったりすると、鎮痛剤を処方して痛みを緩和してあげることしかできない。
それに対して東洋医学は、原因がハッキリとわからない症状や、病名がつけられない症状、病気ではないけど「なんとなくしんどい…」といった“未病”にもアプローチできるのが一番の特徴です。もちろん、麻酔は必要ありません。
鍼灸治療は、老化予防に加えて、西洋医学では治療の対象にならないような、あらゆる体の不調に効果的だということですね。
佐々木先生:
ただし、緊急の外科処置が必要な疾患は適応外です。
鍼灸治療や漢方をはじめとする東洋医学は、愛犬の寿命そのものを延ばしてあげられるわけではないけれど、その子が持っているエネルギーを最大限に使えるようにしてあげる治療。
よくロウソクの火にたとえるんですが、ロウソクの長さを長くするわけではなく、最期の最期までしっかり炎を燃やしてあげるための治療なんです。
なので、鍼灸治療を受けていた子たちの中には、亡くなる直前までしっかりごはんを食べていた子たちも少なくないですよ。
お灸で「気」を補って、鍼で偏りがないように「流す」。鍼灸の役割とは
基本的なことですが、鍼灸治療は“鍼を打つ”“お灸をすえる”という、2つの治療法のことですよね。これは必ずセットでおこなうものなのでしょうか?
佐々木先生:
そうですね。鍼もお灸も、どちらかだけだと効果が最大限に出せないんです。
鍼もお灸も体にあるツボを刺激して、気の流れを整えてあげる治療法ですが、どちらかというと鍼は“気を動かす”役割。
たとえば、シニア犬によく見られるのぼせの症状ですが、上がり過ぎてしまった気を下げてあげられるのが鍼なんです。
それから、足先や神経などの経路を活性化させるのも得意ですね。
一方、お灸は“気を補う”役割を果たします。“お灸で気を補って、鍼で偏りがないように流す”。やはり、同時に施術してあげてこそ効果が出るのだと思いますね。
ただ、施術中は横になっているだけとはいえ、鍼で気を動かすのには少し体力がいるんですよ。なので、ひどく衰弱しているような子には鍼治療はおこなわず、お灸だけにすることもあります。
体と精神は一緒。性格によってなりやすい病気が変わってくる
鍼灸治療は、未病やなんとなくの不調にも効果があるとのことですが、どのように施術ポイントを見極めるのでしょうか。
佐々木先生:
当たり前ですが、犬は言葉が話せません。ですから、オーナーさんへのカウンセリングをおこなって、ワンちゃんの状態を詳しくおうかがいします。
ほとんどのオーナーさんが「この子にはこういう病気があるから治してほしい」と病院にいらっしゃるんですが、その子の体の中の状態と病名が必ずしも一致しているとは限りません。
その場合は、舌の色や脈の状態などを総合的に判断して、施術するポイントを見極めます。
それから、東洋医学は“体と精神は一緒”という考えで、それぞれの臓器が感情を持っているとされています(五行論)。
たとえば、“肝=怒り”で“腎=恐れ”なんですが、すごく怒りっぽい子は肝を傷つけやすく、怖がりの子は腎を傷つけやすいんです。
そういった場合は、ただ臓器だけを治そうとしても症状は改善しない。症状が出てしまった原因は、臓器なのか、ストレスなのか、はたまた冷えなのか…。
それを探って根本から治すために、カウンセリングでワンちゃんの性格や生活環境などもしっかり把握したうえで、鍼灸治療をおこなっていきます。
《CHECK!まだある鍼灸治療ができる主な症状》
*神経・運動器
痛がる、動きたがらない、足を引きずって歩く、立ち上がるのに時間がかかる、手足の甲が汚れる、キレイな姿勢のおすわりや伏せができない、など。
*循環器・呼吸器
咳が出る、呼吸が荒い、運動を嫌う、疲れやすい、運動をすると舌が紫になる、など。
*消化器
食欲低下、下痢、嘔吐、便秘、など。
*泌尿器
多飲多尿、尿の色がいつもと違う、おしっこの回数が増える、尿が出にくい、尿もれ、など。
*生殖器
尿が出にくい、血尿が出る、便秘、多飲多尿、食欲低下、嘔吐、など。
*ホルモン
多飲多尿、多色、脱毛、肥満、皮膚の黒ずみ、皮膚の乾燥、腹部膨満、低体温、徐脈、元気がない、食べているのに痩せていく、など。
*皮膚
かゆみ、湿疹、かさぶた、イボ、赤み、黒ずみ、乾燥、脱毛、など。
*そのほか
てんかん発作、前庭疾患、認知症による諸症状、ガン、血液疾患、免疫疾患の症状を和らげる緩和ケア、など。
柴犬がかかりやすい病気・症状は?
柴犬には、どのような症状が多いですか?
佐々木先生:
柴ちゃんは、足腰の弱りはもちろんですが犬種的にイライラしやすい子が多いので、“怒り”の感情をつかさどる臓器・肝の不調が多いですね。
長寿犬なだけに肝の不調により眼振や斜頸などの前庭症状が出やすかったり、目のトラブルや認知症は発症しやすく、それを鍼灸を用いて治療することが多いですね。
1回の治療時間は? どれくらい通えばいい? 痛みは? 鍼灸にまつわるあらゆる疑問に答えてもらいました
1回の治療は、時間にしてどれくらいなんでしょう。
佐々木先生:
鍼灸治療自体は、20分くらいで終わります。
その後、整体をやっても1時間程度です。床に敷いたマットの上で施術するので、みんなリラックスしてますよ。
正直、痛くないのでしょうか。
佐々木先生:
鍼は髪の毛ほどの細さで、ワンちゃんが痛みを感じることはほとんどありません。うちの病院では“一鍼(いっしん)法”といって、一鍼刺したら、一鍼抜くようにしているんです。
先ほどもお話しましたが、鍼を打つと体の中で気が動くため、多少体力を使います。
若いワンちゃんのヘルニア治療とかならいいんですけど、お年寄りのワンちゃんに一度にいっぱい鍼を刺すと疲れてしまうので、脈を見ながら一鍼、一鍼…って感じでやっています。
ですから、施術中にハリ山のような状態になることもないんですよ。
鍼灸治療は、どのくらいで効果が現れるのでしょうか。
佐々木先生:
症状の重さによりますが、関節を痛めて歩けなかった子が、鍼灸治療と整体を受けて歩いて帰るようなことはよくあります。ほかには、下痢がピタッと止まったり。
なので、症状が軽かったり、急性のものであれば、即効性も期待できますね。
逆に、慢性的で症状が重く、両足完全麻痺で横たわっていた子でも、頑張って週2回通った結果、完全に歩けるようになったケースがあります。
鼻のガンで手術ができなくて「余命2か月」と言われていた子が、鍼灸治療を続けながら1年頑張ったことも。
うちの病院のホームページにたくさん症例を載せているので、ご覧ください。
効果を出すには、治療開始の時期や回数なども重要ですか?
佐々木先生:
そうですね。たとえばヘルニアだったら、発症から治療開始までに1日経つと1週間、2日経つと2週間、治るのに時間がかかると言われています。ヘルニアに限らず、なるべく早く治療を開始してあげたほうが効果は出やすいですね。
通院ペースとしては、症状にもよりますが、重篤な場合は週に2回から始めて、症状の改善に合わせて週1回、2週に1回…と、ちょっとずつ間隔をあけていけるのが理想。
1回治療をして調子がよくなったとしても、2回目の治療までに期間が空いてしまって、症状が完全に戻ったところでまた治療をしても、小さな幅を行ったり来たりしてるだけなんです。
調子が上がって、戻りきってしまう前に次の治療をおこなうことで、病気の山を少しずつ越えていくことが大事。
その戻り具合はワンちゃんによって違うので、脈などを参考にしながら通院ペースを決めます。
じつは、週に2回通える子ってほとんどいないんです。だいたいは週に1回の通院ですね。
まめに通えないなら家でできる鍼灸も
それほど頻繁に通院できない場合、家で何かできることはあるんでしょうか?
佐々木先生:漢方は、体質改善が望めて、鍼灸治療の効果を持続しやすくする効果もあります。
週に2回鍼灸治療に通えるなら必要ないですが、月に1回程度しか通えなかったり、症状の戻りが早い子などには、必要に応じて処方することもありますね。
それから、オススメなのが“棒灸”。
よく耳にする“せんねん灸”や“長生(ちょうせい)灸”は、ちゃんとツボの上に乗せないと効果がなかったり、熱かったりするんですが、棒灸はワンちゃんの体から10センチくらい離して、背骨に沿ってクルクルまわしながら当てるだけで体を温めてあげることができるんです。
温灸器を使えば毛を焼いてしまうような心配もありませんし、簡単なのに効果が大きいですね。
こちらが佐々木先生オススメの“棒灸”。巨大なタバコのようなカタチです。愛犬が急に動いてやけどをしないように、体に手を添えてあげると安心。
温灸器にセットすると、こんな感じ。腰まわりを温めています。
棒灸と温灸器。左奥にはカイロ型のせんねん灸も。
クリニックでは、毛が焦げないよう、灸点紙というシールの上にもぐさをのせる温灸や“長生灸”などを使用。こちらの写真は、背骨とその脇にたくさんあるという内臓とつながるツボを温灸で施術中。
こちらは、火を使わないカイロ型のせんねん灸。棒灸などが大変な時は、これを飼い主さんに自宅で貼ってもらっているんだとか。腰にある命門というツボに貼るそうですが、体に接する面がシールになっているためズレにくいそう。
被毛の薄い犬種の場合は、薄手の服や腹巻きの上から貼って低温やけどを防止しますが、柴犬は毛の上に直接貼ってOK!
老化対策は食事も大切。おおすすめは豚肉!
漢方や棒灸を用いた家での簡単なケアが、鍼灸治療の効果持続につながるというのは心強いですね。
佐々木先生:
もうひとつ大事なのが“食事”です。
主食は手作りでも、市販のドッグフードでもかまわないんですが、誰にでもできる簡単なトッピングとして“豚肉”をオススメしています。
たとえば、足腰が弱る、白髪、白内障、耳が遠くなる…これらはすべて老化現象で、腎が弱ったときに出てくる症状なんです。
逆をいえば、腎を元気にしてあげることが老化予防につながるので、腎にいい豚肉は、シニアの子には特にオススメです。ちなみに、昆布だしで茹でてあげると、さらに効果がアップします。
とてもいいことをお聞きしました! ほかにもオススメの食材があれば教えてください。
佐々木先生:
すべて東洋医学の五行論をもとに考えています。
梅雨時期には、ハトムギ茶やトウモロコシのヒゲ茶、冬瓜。
心が疲れやすいとされている夏には、オクラやゴーヤなど、苦味がある夏野菜。
秋になっても夏バテでお腹が疲れているような子には、栗。
それから、秋冬は肺が弱って咳が出やすくなるので、梨がオススメです。梨は水分が多く、潤いを与えてくれるので、ワンちゃんでも好きな子は多いんですよ。
考えてみると、オススメは季節ごとの旬の食材ですね。
佐々木先生:
そうなんです。季節ごとに旬の野菜や食材を摂るのはとても大切なことなので、ぜひごはんのトッピングに使っていただきたいですね。
ただし、ネギ類など、ワンちゃんが食べちゃいけない食材には気をつけてあげてください。
《CHECK!鍼灸治療との相乗効果が望めるホームケア》
*漢方
体調改善と気の巡りをアップ! クリニックで行った鍼灸治療の効果を持続させます。
*棒灸
冷えは万病のもと。“温活”で気を補いましょう。棒灸は、ツボの位置を気にせず、手軽に体を温めてあげることができます。ただし、首の付け根から尾の付け根まで上から下にやることがポイント。逆にやるとのぼせてしまいます。
*食事
症状によって、季節ごとの旬の食材をごはん にトッピング。通年でオススメなのは、ビタミン豊富な“豚肉”。昆布だしでゆでると、さらに効果がアップ! ただし、下痢をしやすい子や胃腸が弱っている子には、豚肉よりも鶏肉(ムネ肉)を。鶏肉には、お腹を温め
て元気を養ってくれる働きがあります。
*温湿布
ホットタオルやカイロを使って、手足や腰まわりを温めてあげるのも効果的。
最後に
お話をうかがって、鍼灸治療は“生体にエネルギーをみなぎらせる治療”と感じました。それでも「体に鍼を刺すのは痛そう」「お灸なんてかわいそう」と思ってしまうオーナーさんへ、メッセージはありますか?
佐々木先生:
最初にも言いましたが、鍼灸治療は、ワンちゃんが持っているエネルギーや自然治癒力を最大限に使えるようにしてあげる治療。最期のときまでその子らしく、元気に過ごさせてあげるためにおこないます。
ほとんど痛みを感じることはないのですが、嫌がる子には無理をせずに、赤ちゃんにも使えるようなツボ押しの棒で押すだけにしたり、“推拿(すいな)”という気功の整体手技をおこなうことも可能です。
ワンちゃんがリラックスできて、効果も得られる方法が必ずあるはずなので安心してください。
鍼灸治療は、まだどの動物病院でも受けられるわけではありません。
キュティア老犬クリニックには、片道1〜2時間かけて来院するワンちゃん&オーナーさんもいらっしゃるそうです。
多くの場合は、通院も必要になり、負担が少ないとは言えないかもしれません。
しかし、一緒に頑張って、愛犬が元気になっていく様子に喜びをもらうのもハッピーなドッグライフなのかもしれませんね。
【病院DATA】
キュティア老犬クリニック
神奈川県横浜市青葉区美しが丘4-7-28
メゾンドアミ1F
045-903-1334
受付時間9:30〜17:30
(日曜・祭祝日は休み)
HP www.cutia.jp
※鍼灸料は、一律4000円
初診の場合は、初診料1800円+カウンセリング料3200円。
2回目以降は、再診料1000円が別途かかります。
撮影/Okapi焙煎所
取材・文/永野ゆかり
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